会員数70万人の医療系サイト「m3.com」本田宏先生連続インタビュー①

 
 

医師の労働環境を少しでもよくするために

61歳でメスを置き「労働環境を良くする」-本田宏・NPO法人医療制度研究会副理事長に聞く◆Vol.1

日本のコロナ対応の問題「PCR検査を増やさなかった」

 NPO法人医療制度研究会副理事長で、外科医の本田宏氏が2月、『日本の医療崩壊をくい止める:「コロナ禍の医療現場」からの警鐘と提言』(和田秀子氏との共著、泉町書房)を上梓した。外科医として臨床に従事しながら、医療界の問題を指摘し続けてきた本田氏はこのコロナ禍が「医療・福祉再生のラストチャンス」と訴える。現在の活動や本書の狙いを聞いた。


――このほど、新刊が出ましたが、現在はどのような活動をしているのでしょうか。 

 6年前に『本当の医療崩壊はこれからやって来る!』(2015年洋泉社)という本を書くのと時を同じくして外科医を引退しました。現在は医療をよくするためには、一般の方の理解と協力が必要と考えて、講演や執筆活動、市民運動に参加して、「幅広い連帯をつくる」ことを主な仕事にしています。

 昨年までは、ほそぼそと自分が手術を担当した患者さんだけ外来を続けていましたが、5年の経過観察期間が過ぎたので、私の医師としての活動は終了しました。

――外科医としてはいつまで活動していたのでしょうか。

 61歳でメスを置いたことになります。老眼などもあって、外科医としての限界を感じてきたこともありますが、それとは別に気力が衰えてきたことも否めません。その理由の一つは、だんだん若い人は昔の私みたいには遮二無二は働かなくなってきていて、365日24時間病院に行って患者さんを診るという雰囲気ではなくなってきたことも関係していたと思います。それは決して悪いことではないのですが。

 そのため難しい手術のあとに、指導した私が土日に患者さんの様子を見にいくのをやめられなかったんです。時には若手が来なくて、彼らの代わりに術後の診察をしていると、だんだん「あれ?」という気分になってきたんです。もちろん、ワーク・ライフ・バランスは重要ですし、「最近の若手はけしからん」ということではなくて、私みたいな働き方をしないともたない外科の環境を放置したまま歯を食いしばって臨床を続けるより、少しでも労働環境をよくする活動に専念したいというのが、今の活動に突入した理由です。

 幸いご縁を頂いて現在、日本医学会連合の労働環境検討委員会の委員に選ばれています。他の委員はほとんどが教授クラスで、私のような一般病院の勤務医経験者は非常にレアケースなんですね。あくまで私の想像ですが、長年の私の問題意識と活動に共感してくれた医学会連合の関係者が推薦してくれたのだろうと思います。

――今回の本はどのようなきっかけで作られたのでしょうか。

 長年、私の活動に注目してくれていた泉町書房さんに声をかけていただきました。本書は自分だけで書いたのではなくて、共著者の和田秀子さんの医療現場取材のレポートと、私へのインタビューを基に構成されています。

 本書の内容には、すごく満足しています。新型コロナでより露わになった医療の問題点について、私だけの視点ではなく、北海道の士別市立病院の長島仁院長や、過労死で小児科医だった夫を亡くされた中原のり子さんらたくさんの人を和田さんがインタビューしてくれているからです。中原さんは昔から存じ上げていましたが、これまでに知りえなかった事実もたくさん含まれていて、プロのライターはさすがと脱帽でした。

――コロナ対応で一番の問題はなんだったのでしょうか。

 私が一番問題だったと考えているのは、医師養成と同様に日本が世界と全く違った方針を取ったということ、具体的に言えばPCR検査を増やさず、無症候性陽性者の発見を積極的に行わなかったことです。

 感染症の専門家たちは検査には「偽陽性」「偽陰性」があるとして、拡大には警鐘を鳴らしていましたよね。私は外科医で、感染症の専門家ではないですけど、PCR検査をして、陽性であれば隔離して他の人への感染を防ぐのが基本ではないかと思います。無症候性者を把握しないまま、マスクと自粛要請だけで勝負するというのは「竹やり」で闘う精神性と変わらないですよ。

 私はキューバ医療視察に3回行っていますが、ファミリードクター制度がしっかりしているキューバでは、PCR検査と陽性者の隔離を徹底して新型コロナのコントロールに成功しているようです。ニュージーランドやオーストラリアも同様ですよね。

 私が昨年4月ごろに「日本ももっとPCR検査をやったほうがいいのでは」とSNSで発信したら、私より若い世代の医師からたくさん批判が来ました。第3波を迎えるようになってようやく、積極的に検査をするようになった自治体もありましたよね。やる気さえあればもっと早くからできたはずです。大変残念です。

 もちろん、偽陽性の人を隔離するのは人権侵害になるという懸念を全否定するつもりはありませんが、感染拡大で多くの人が生活に困窮している現状こそ人権が守られていない状況ではないでしょうか。隔離させてもらう人にはしっかり生活補償する、偽陰性の危険性を回避するために繰り返し検査を行うなどの対策を取れば良い話で、PCR検査の不完全性だけを問題視して検査を拡大しないのは、グローバルスタンダードを無視した議論だと思っています。

 さらに当初は専門家会議が議事録を作らず、どのような議論がなされていたかが分からなかったのも非常に問題だと思います。しっかりと検証できる記録を作っておかなければ、新型コロナ対策も医師不足も方針の見直しが困難だからです。

(全文公開に関しては、本田医師がm3.com編集部より許可を得ています。)